<   2006年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧

しばらく休憩します

このところ、肩や首筋、左腕の上腕の筋が痛い。またしてもVDT症候群だ。

パソコンに向かうと、無意識のうちに何時間でも続けてしまい、気がついた時には頭がぼーっとしている。その繰り返し……

そんなわけで、ブログの更新もしばらくの間、お休みさせていただきます。

全身だるだる状態から…早く抜け出さねば。
[PR]

by osanpocamera | 2006-04-27 22:05 | Comments(0)

さわやかな季節

雨と大風が吹いたきのうとは打って変わって、きょうはとっても気持ちのいい、さわやかな一日だった。

外に出てみると、緑の若葉も初々しくて、カラッとした天気で清々しかった。この季節、外はいろんな花が咲き出して、毎日の散歩はホントに楽しい。お天気の日は家の中にいるより、外の方があったくて気持ちがいい。

近所を散歩すると、ハナミズキがきれいに咲いているお宅があった。「ハナミズキ」…って、名前の響きがいいと思いませんか? わたしの大好きな木のひとつ。赤も白も、どっちもスキ!(ワインみたい)
d0021488_211766.jpg

[PR]

by osanpocamera | 2006-04-21 21:17 | 花・木 | Comments(0)

桜草

d0021488_1039970.jpg春は、家の周囲も自然に彩りが増えて嬉しくなる。

我が家の玄関前の植え込みにも、いつの間にか桜草が咲き出して、ツタやミント、ユキノシタのグリーンに混じってピンクが加わった。

これは植えたものでなく、どこからか風で種が飛ばされて根付いたようで、去年の秋頃「草かな?」と抜こうと思ったけれど、なんとなくそのままにしておいたのだった。抜かないでいてよかった〜
[PR]

by osanpocamera | 2006-04-18 10:39 | 花・木 | Comments(0)

薹(とう)が立っても…

d0021488_16312425.jpg先日は、ハクサイの花をアップさせましたが、これは「花キャベツ」の花。

野菜は薹が立つと…、きれいな花を咲かせるのね。
[PR]

by osanpocamera | 2006-04-15 16:31 | 花・木 | Comments(0)

かわいさの定義

最近はポートレイトを撮ることが多いのですが、どんな人でも素敵に見える「瞬間」というのはあるわけで、その一瞬をカメラに収めることができた時は、無上のヨロコビであります。

そして、どんなブサイクな猫でも、眺めていると、なんだか、かわいく思えるものであります。
d0021488_12234720.jpg
左の青いシートの上で佇ずむ猫ちゃん、「ブサイク度」も相当であります。しかし、なんともいえない味わい深い顔の持ち主です。こんな顔、めったにお目にかかれるものではありません。

対して右の猫ちゃんは、誰がどう見ても、文句なしにカワユイ! 美形で整った顔の持ち主であります(よくいるタイプ)。捨てられていたのを飼い主に拾われたそうですが、拾った人も、思わず「かわいいっ!」と連れ帰ったに違いありません。

わたしは、誰もが賞賛するものにはあまり興味をそそられなかったりする。多くの人が見向きもしないようなものでも、そこに希少価値を見出して、自分だけがその良さをわかっているのだ…というように思いたいタイプの人間です。

上の左の猫ちゃんだって、だからこそ、かわいがってあげたい…などと思うのです。「かわいさ」の定義も人それぞれに違っていて、これは主観の問題だから一概には言えないですね。

あの猫、ノラちゃんなのかなぁ…
[PR]

by osanpocamera | 2006-04-14 11:54 | ねこ | Comments(0)

コレも菜の花

d0021488_1102311.jpg近所の空き家になってるお宅の庭を借りて作っている我が家の小さな菜園で、結局、収穫するまでもない…というかんじで育たず、放っておいた白菜に花が咲いていた。それがコレ。

菜の花そっくり! 

でも、考えてみれば「ハクサイ」は「白菜」と書いて、これも「菜」なのだから当たり前なのだが……

初めて見たハクサイの花に、なんだか感激してしまった。

どんな野菜だって花が咲く。…そんな当たり前のことに今更ながら気がついて、意外と知らない野菜の花も、ふだん食べている野菜の形とは似ても似つかないほどきれいだったりするのかも。

野菜もどんな花を咲かせるのか、調べてみたら面白いかもしれない。
[PR]

by osanpocamera | 2006-04-07 11:00 | 花・木 | Comments(0)

世界のフジタ

d0021488_12374249.jpg竹橋の国立近代美術館で開かれている「藤田嗣治展」を観に行った。藤田嗣治の生誕120年を記念しての回顧展である。

東京美術学校(現・東京芸大)の卒業制作の自画像の作品に始まり、晩年の子どもをテーマにしたものや宗教画まで、数多くの作品が展示されていた。動き回る猫の姿を描いた『猫』の絵はあまりにも有名だが、生涯に描いた作品の多さ(6千点という)、そして、その見事さに圧倒された。大作の戦争画の前では、年配の方がじっと見られている姿が目立った。

明治19年生まれ。1968年(昭和43年)81歳で生涯を終えるが、その作品は、とても明治生まれの人が描いたものとは思えない、現代的な作品だ。特に晩年の頃描いた子どもをテーマにした作品は、平成の作品…と言ってもまったく違和感を感じないほど、作品には古さがない。

もし、いま生きていたら、きっと、あらゆるメディアに登場していただろう。「何でもアリ」の現代日本なら、奇抜なファッションや行動も、大衆には、きっと“大受け”したに違いない。生まれて来るのが、もう少し遅かったら良かったのに……と、惜しい気がする。

今回のこの回顧展の特集を、いくつものテレビ局が組んでいる。これだけもてはやすようになったことは、やっと、日本の美術界が彼に追いついたことの証しだと思う。

画業を目指す者なら、藤田作品を見ずして美術を語るなかれ……

せっかくのこの企画展を観ないのは大いに損だ…とまで言いたくなるほど、特別な展覧会であると言える。リピーターもきっと多いことだろう。

かくいうわたしも、期間中にはもう一度、観に行くつもりである。今回は会期2日目だったので混雑…というほどでもなかったが、会期後半にはゴッホ展の時のように、つづら折りに並んで待たなければならないかもしれないけれど。
d0021488_12395114.jpg

[PR]

by osanpocamera | 2006-04-03 12:48 | 展覧会 | Comments(0)