お賽銭

d0021488_20365861.jpg本郷一丁目の白山通りから一本入った通り沿いに、『しあわせさん。こんぴらさん。』と書かれた黄色の看板が年中鳥居に掛かっている金比羅神社がある。正確には「讃岐金毘羅宮東京分社」という。

ここはわたしにとって、ちょっと特別な場所だ。この数年間、いつも「しあわせになれますように…」と祈願した神社だからだ。財布に五円玉があるときは「ご縁がありますように…」と賽銭箱に、いつも五円玉を投げ入れた。

この神社の近くにある場所に通うついでに立ち寄るようになって、かれこれ4年ほど経つ。いつもは静かな境内から賑やかなお囃子が聴こえてきて、立ち止まる参拝客の姿があった。何だろう?と思って近寄ってみると、社務所の一室の窓が開け放たれて、中でひょっとこ踊りを披露していたのだった。

久しぶりに訪れて楽しい雰囲気に気を良くしたわたしは、小銭があったら、お賽銭を…と財布を開けてみた。が、財布の中に五円玉はなかった。もう、「ご縁」は十分ということか。その代わり十円玉が数枚あったので、観覧のお礼のつもりで賽銭箱に投げ入れ、鈴を鳴らした。

帰宅してから神社のことを調べようと本を開いたら、「賽銭箱」の項に、こんなふうに書かれていた。

元来は参拝時には米などを幣帛(へいはく)として供え、祈願が成就したときのお礼に金銭を奉った。それがいつからか、参拝時の幣帛代わりに金銭が用いられるようになった。
〜淡交社・刊『ニッポンの名前』より〜

なるほど、祈願成就の後に、お礼として賽銭を奉るというのは理に適っている。“願いを叶えてくれた神様”には、うんと、はずまねばなるまい。「十円玉」では申し訳ない…気がする。
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by osanpocamera | 2007-01-11 19:45 | Comments(0)